「ツバキ科の木」
風が暖かさを運んで来る頃、油山では、ヤブツバキが妖女のような赤い花を付けます。木偏に旁(つくり)が春で椿。椿は漢語で「チュン」と発し、センダン科のチャンチン(香椿)を指します。チャンチンは、天神交差点や西鉄グランドホテル前にも植えられており、春にピンク色に染まる羽状複葉の若葉が、花が咲いているかのように美しく、茎や葉や花には独特な香りを感じます。中国ではツバキを「山茶花」と表現しますが、日本では取り違えによってサザンカのこと。まだ椿を知らなかった上代(じょうだい)の日本人が、春に花咲く木として、椿という文字を当てたのでしょう。日本原産のツバキは、ヤブツバキ、ユキツバキ、リンゴツバキ、タイワンヤブツ バキの4つの変種に分類されますが、その中で最もポピュラーな種がヤブツバキです。日本の照葉樹林の指標植物にもなっており、日陰でもよく育って、艶やかな緑の葉に赤い花が、森の中で襲(かさね)の色目(いろめ)(平安時代に公家が、衣服の表地と裏地の色を配色して楽しむ文化)となって、侘び(わび)寂び(さび)の世界を醸し出します。夏目漱石は【草枕】の一節で、「あの花の色は唯の赤ではない。目を覚ますほどの派手やかさの奥に、言ふに言われぬ沈んだ調子を持っている」とまで言っています。ツバキの花は葉裏に隠れたように咲き、花の開き方も控えめで、筒状の花芯が花ごと落下する様が潔いです。松尾芭蕉も「落ちざまに 水こぼしけり 花椿」と詠んでいます。花色や花形のバリエーションの多いツバキですが、その中にあって、ツバキとチャノキの雑種「侘(わび)助(すけ)」の渋さに心が和みます。
(安部泰男)
|